Prologue

前:メンバー発表時掲載文 後:CS投稿時文

 ──完璧だ。俺の計画に狂いはない。  機材の搬入は完了しつつある。根回しはもう済ませた。隔離対象者たちも順次到着予定。メンテナンスもこの上ない。
 聴診器を首から下げた男が、最終作業に勤しむ従順な部下たちを横目に見る。
 すべては、十全だ。  

 
白衣の男はタスクを済ませた部下たちを追い出し、オペレーション室のミーティング机に資料を並べ、椅子に腰を下ろして一息ついた。 男が根城としているこの隔離施設は、何も知らない子供の心を食い潰す舞台へとすっかり姿を変えている。
 「すべては学園都市のため」と、上層部の狸たちはぞんざいに許可を出した。書面から顔も上げずに。 
──反吐が出る。人の心が、そんな紙切れから測られるものか。 何年かかっただろう。これからの計画、すべては己の信念のため。オペレーション室を埋める機材、それらほとんどの開発者がこの男である。資料をかき集め席を立ち、機材へと歩み寄り、見慣れた空のカプセルを見下ろした。オペレーション時にヘルツを横たえる機材だ。 白衣を纏う、蛇にも似た痩身の男……ハラツミザクロは、そのままいくつかの封筒を手に、部屋を後にした。 

 

暗い倉庫に明かりが灯る。冷房の効きすぎた、換気の悪い部屋だ。
霊安室も兼ねているというが、使われるビジョンは浮かばない。 封筒をダンボールの上へ無造作に放り、ハラツミザクロは残った荷物の開封に移る。時間はある、策もある。あとは、イレギュラーが起こらないことを祈るのみ。そのまま無心に、ダンボールを空にしていく。 最後のダンボールに手を掛け、開いた。 

 「久しぶりだね、兄貴」 
「は、」 
ダンボールの中に、弟がいた。
 ザクロの思考が停止する。──イレギュラーだ。それも、禁断級の。
 「研究所がバタついてたから探ってみたんだ。そしたら兄貴、なんだかコソコソやってるみたいだったから。悲しいことだよね、兄弟だもの。何か企んでるってことは、すぐにわかったよ」
「──なんで、ここにいるのかなあ。リンゴくん?」 
「俺がいちゃ、だめなの」 
そのまま弟、ハラツミリンゴはダンボールから這い出る。立ち上がると、幼い、しかし信念のある目で周囲を見渡した。 ──ずっと潜んでいたのか、この施設にくるまで。 何か言いたげなリンゴの顔がザクロの視界にこびりつく。 ──こいつとは、これ以上話していられない。 口を開かれる前に、舌打ちを一つ。間髪入れずに足音を響かせ、ハラツミザクロは倉庫を後にした。 


 ハラツミリンゴ、17歳。研究者であるハラツミザクロの実の弟。 
バイタル研究を補助しつつ、今ではほとんど残されていないベテランのオペレーターの役割も担う研究者の卵。 正義感に満ちた少年は性根のねじ曲がった兄を追いかけようと踏み出し、数歩進んで──足を止めた。
雑多に残されたダンボールの上。いくつかの機材に、七セットの封筒と数枚の書類。 ザクロの残した分厚い封筒を手に取る。 「隔離対象者配布用、各種説明……?」 中の書類を確認する。……ヘルツ、バイタル、オペレーションに関する各種説明、隔離施設の過ごし方などだ。研究機密スレスレの情報まで記載がある。
 ──まさか兄貴、何も知らない素人同士でオペレーションをさせるつもりなのか。 それは、いけない。専門外の人間の関与は、重大な事故につながりかねない。そんな初歩的なこと、もちろん兄貴もわかっているはず、なのに。リンゴの背中を冷たい汗が伝う。 ……俺のサポートが、必要だ。 残された数枚の書類を手に取る。隔離対象者リスト、と書かれた紙束だ。学園都市の高校生、七名。リンゴの見知った名前も、きっとあるのだろう。
 手袋を外して綴じられた表紙をめくり、確認する。

 ヘルツの素質を秘めた少年少女──学園都市の敵の名前を。 

隔離対象04:問診

ニワ ルリコ cs投稿文 ロングver

 「よ、よろしくお願いします!」
「はいはい、よろしく」
オペレーション室の一角、ミーティングコーナーにて。
ハラツミザクロと対面する、制服に身を包んだ少女──隔離対象04番。どうにも落ち着かないのかそわそわと手足を動かし、瑠璃色の瞳を絶えず彷徨わせていた。
視線の先には散らばった多くの書類に精密機器、そしてパーテーションの向こうのオペレーション機材がある。
「各種数値は正常、検診結果もまったく問題なし。心音も良好。──君が隔離一番乗り、というわけでね。」
「はいっ!」
「物珍しいでしょうね。研究施設なんか」
気もそぞろな彼女の様子に気づき、白衣の男は書面から視線を外し問いかけた。
「え〜っと……はいっ。あとほら、ちっとも片付いてないな〜と思って」
そう口にした後で、しまった!とでも言いたげに少女は顔を歪める。余計なこと言っちゃったかも、とでも思っているのだろう。
「うん。掃除嫌いなのよ」
「ふぅん……」
──目の前の白衣の男は、特に気に止めなかったらしい。それに気づいたのか、彼女は緊張を緩めまた膝の上の手を遊ばせ始めた。
「諸々の説明は一通り、資料にも書いてあるから。個室や施設もさっき案内した通り。あと外ですれ違ったゴーグルのガキは邪魔だから無視でよろしく。大丈夫そう?」
「ガキの件以外は大丈夫です!うん、ぜんぜん大丈夫……え〜っと、ほんとに大丈夫……かなぁ?」
何かまだ不安事項があるのか、それとも遠慮が残るのか。不安げに首を捻り、遊ばせていた手をぎゅっと握りしめた。
「質問とかないならもう終わらせるけど」
「……や、やっぱダメかも!分かんないことあるかも!しれないです!テンパったらまたこう……アレします、聞きます!」
「ハイハイ、落ち着いて。また何でも聞いて。」
そう言われてほっとしたような彼女を、ザクロはしげしげと眺める。
──感情表出は豊か。ちゃんと人を慮れるようだが、それなりに自我もある。流れることはあっても、流されるタイプじゃなさそうね。損するもんねぇ、そういうの。
ふと、安心した様子の彼女のそばに用意されたコーヒーカップに目が止まる。机の上、まだ冷める様子のないそれは口をつけられた形跡も見られない。ザクロは枯れ枝のような指で雑にカップを指さした。 

 「一応出したけど、もしかしてコーヒー苦手?」
「えっ、あ〜……お砂糖かミルクがないと、ちょっとぉ…嫌かも?嫌かもっていうか……飲めないです……」
「ふーん。資源は有限だから飲んでもらわないと無駄になるなぁ〜?」
「う、う〜……でも!無理なものは無理…なので!」
少女が顔をこわばらせ、瑠璃色の瞳が細められる。少々つつきすぎたようだ。
「ごめんごめん。いいのよ別に。後で俺が飲むし」
ザクロは言葉の通りにソーサーを自分の方へ引き寄せる。が、それを追う彼女の視線はどこか未練がましい。
「ちなみにっ、お砂糖やミルクをいただけたりは?」
「面倒だから嫌だ」
「ええ〜っ……まあいいですけど……」
「……ふーん?」
何か言いたげなザクロの表情に気づき、少女はまた少し顔をこわばらせた。
「なっ、何ですか?何かこう粗相とか……あったかもしれませんけどっ、私も人間なので……」
「いやぁ、別に?」
トントン、と手元のバインダーを指で叩くと、ハラツミザクロはにやけながら少女に目線を投げかける。
「ご家族の方を説得して来てくれたって言うからてっきり物分かりのいいお嬢さんかと思ってたけど……意外と現金だね、君。」
少女の首元に羽ばたくタトゥーシール。こんな狭いところに閉じ込められて、かわいそうに。
「俺もわがままなのでこのコーヒーはいただきます。……うわ苦っこれ。あ〜……まあ、何はともあれよろしく。最後に確認として、年齢とお名前をお願いします」
「はいっ!」
羽のタトゥーと瑠璃色の瞳の少女は、希望をたたえた眼差しで微笑んだ。
「────18歳、高校三年生。ニワルリコです。それなり〜に、頑張ります!」